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「スポーツ・フォー・オール」の理念を共有する国際機関や日本国外の組織との連携、国際会議での研究成果の発表などを行います。また、諸外国のスポーツ政策の比較、研究、情報収集に積極的に取り組んでいます。

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日本のスポーツ政策についての論考、部活動やこどもの運動実施率などのスポーツ界の諸問題に関するコラム、スポーツ史に残る貴重な証言など、様々な読み物コンテンツを作成し、スポーツの果たすべき役割を考察しています。

セミナー「子供のスポーツ」

学校部活動ありきの地域移行を変えませんか

〜地域移行の現状にみる地域スポーツ・文化活動の未来図〜

熊谷 哲(SSF 上席特別研究員)

中学校部活動のあり方を見直す「部活動の地域移行」の実証事業が、全国の自治体で進められています。元々、所管するスポーツ庁及び文化庁は23年度からの3年間を「改革集中期間」と位置づけて目標達成を図る方針でした。ところが、移行後のあり方を定めた新たなガイドライン案が公表されると、自治体や部活動関係者らから「3年間の移行達成は現実的に難しい」「義務ではないということを明記してほしい」「すぐに全中大会への地域スポーツ団体の参加を認めることには反対」などと異論が噴出。このため、両庁は方針を転換し、「改革集中期間」を「改革推進期間」に改めるとともに、目標時期にこだわらず「可能な限り早期の実現を目指す」としたガイドラインを202212月に取りまとめることとなりました。現在進められている実証事業は、それに基づいて課題への対応や成果の普及を図りながら、段階的・計画的な地域移行を進めようとするものです。

学校部活動及び新たな地域クラブ活動の在り方等に関する 総合的なガイドライン【概要】

学校部活動及び新たな地域クラブ活動の在り方等に関する 総合的なガイドライン【概要】

実証事業といってもこれが初めての取り組みではなく、「休日の部活動の段階的な地域移行や合理的で効率的な部活動を推進」するための研究事業は2021年度から行われていました。すなわち、2年間の実践研究と3年間の集中改革の計5年間をかけて、休日の部活動の地域移行を実現するのが当初の想定だったわけです。新型コロナウイルスの流行下という制約があるなかでも、モデル地域における課題抽出や先進的な事例創出により重要な示唆が多数得られ、全国展開に向けた準備段階としては概ね想定通りだったと思われます。また、地域移行の議論が本格化する以前から、少子化や競技人数の問題により学校単位では部活として成立しない競技について、総合型地域スポーツクラブなどの団体が受け皿となり、部活として認知されている事例も見られていました。それにも関わらず、異論が噴出するばかりでなく、モデル地域だった自治体のなかでも移行が停滞し、全面的な実施が見通せないところも見られるのは何故なのか。地域の本音を探ると、同床異夢で折り合いを欠いている現実が見えてきます。

至る所で耳にするのが、「教員の負担を肩代わりさせるための地域移行なのか」という声です。教員の働き方改革の流れが、中学生のスポーツ・文化活動のあり方に関する議論を後押ししたのは間違いありません。日本スポーツ協会が行った調査において、休日の運動部活動が地域移行された場合に「自身が指導したい」と回答した教員は26.1%にとどまっていることからも、指導に当たっている現場教員の負担感がうかがえます。しかし、地域移行の本来の目的は、少子化が進展している現実を踏まえ、中学生年代における持続可能なスポーツ・文化活動の環境を身近な地域で整えることにあったはず。それが、教員の働き方改革を進める名目にすり替わってしまっている地域や関係者が数多く見られます。

「教員負担の肩代わり」意識を強めているのが、地域における担い手不足の現状です。子どもが減っている地域は、すなわち現役世代も減っている地域であり、地域生活や産業のさまざまな場面で人材確保が課題となるのは自明の理です。スポーツや文化芸術に関わる仕事に就いていて、仕事やライフスタイルのなかで指導への携わり方を考えられる人材は一部に限られます。だからこそ、地域移行に関する働き方改革はなにも教員に限ったことではないはずなのに、時間に自由の利く自営業者や退職者による指導という固定観念に縛られ、あるいは報酬や公的負担の議論に終始するばかりで、担い手や支え手の主力となる競技・指導経験者や保護者などの働き方改革には踏み込めていない地域が少なくありません。

いまや、過疎地域を抱えているのは885自治体と、全体の51.5%を占めています。市町村単位ではなく、過疎地域と見なされる区域に居住する人口は全体の9.2%に対して、その区域面積は実に63.2%に上ります。また、全自治体のうち約4割は、人口1万人未満の規模しかありません。人材面はもとより、移動や施設・設備、組織・事業運営などの面から考えたときに、多様なスポーツ・文化活動を体験する機会から競技力向上を追求するところまで、自治体単位ですべて完結させるのは非常に困難です。それにも関わらず、地域移行のあり方についての検討・準備・事業化のほとんどは市町村の範囲でしか進められておらず、あらゆる担い手側の働き方改革も含めて、市町村域を超えたブロック・地区単位の検討はほとんど進んでいないのが現状です。

「過疎関係市町村都道府県別分布図(令和4年4月)」(総務省自治行政局過疎対策室)より

「過疎関係市町村都道府県別分布図(令和4年4月)」(総務省自治行政局過疎対策室)より

一方で、将来的に持続可能な中学生の地域スポーツ・文化活動のあり方を考える際に足かせとなっているのが、「学校単位の部活動が基本であり、その延長線上に地域クラブがある」という考え方です。国の示すガイドラインを「休日の学校部活動の地域連携を進めれば十分」と読み取り、部活動の指導者を学校外、すなわち地域から確保する取り組みにばかり関心を向け、将来的なあり方そのものの検討や試行には至っていない自治体が散見されます。どうしても、これまでの学校部活動の役割や価値にとらわれ、地域クラブ活動は例外的・補完的なものと位置づけている様子が垣間見えます。これに、必ずしも目的・成果志向ではない、事業を実施することにとらわれがちな自治体の現状が追い打ちをかけています。

学校単位の部活動が基本という考え方を後押ししているのが、大会のあり方です。日本中学校体育連盟(中体連)が、一定の要件を満たせば自治体の地域クラブから出場することを認め、さらに緩和を進めようとしているのはとても重要な前進です。しかし、実際には全国中学校体育大会(全中)の参加は認めても、新人戦などの大会参加を認めていない地域や競技が現に存在します。形式上は門戸を開いていても、地域クラブの活動実態を踏まえて可否を判断するとしているところも見られます。大会やイベントに挑戦したい、自分たちの可能性を追求したい、努力の成果を見せたいというのは、スポーツ・文化の別なく自然かつ本質的な欲求です。参加資格が不透明であるがゆえに、専門的な指導者がいなくても学校部活動を選ばざるを得ないという実態は本末転倒です。

こうした大会のあり方はもとより、地域移行の具体的な検討に加わっているのは、ほとんどの場合「これまで積極的に担ってきた側」の、とくに学校部活動の関係者です。部活に関わりたくないという教員、部活に励んではいるものの競技志向ではない(なかった)生徒、部活に所属はしているものの事実上帰宅部である(あった)生徒などの「その他大勢」は、およそ議論の中心にはいません。関係者間のコミュニケーションに目を向けると、学校は自治体の学校教育担当課、地域クラブはスポーツ担当課とのやり取りが中心で、相互のやり取りが希薄であったり、困難となっていたりするケースが見受けられます。これでは、これまで実績のある人や利害関係にある人の声が強調されるばかりです。 

そもそも問題なのは、「地域の実情に応じて」という霞が関の決まり文句です。全国すべての自治体を固定された制度でカバーするのは非現実的ですし、「自治」体なのですから、自ら考え、判断し、実施するのは当然のことです。それにも関わらず、「地域の実情に応じて」を強調するのは、さまざまなステークホルダーの意見を取り入れ、配慮を重ね、関連する政策目的も諸々取り込んだことで、何がすべからく徹底すべき原則で、何が地域独自に工夫できる応用の範囲なのか、曖昧模糊となってしまったことの裏返しのように思われます。加えて、「あれも、これも」と目的や目標・めざす姿などを積み重ね、複雑で誰も解けない多元連立方程式としてしまうのが霞が関の常でもあります。「好事例の横展開」や「地域の実情に応じて」という文言は、そうした霞が関の常套句であり、すべてを満たす成果を得るには至らないこともしばしばで、地域移行もその罠に陥っているように思われます。

 

室伏スポーツ庁長官がびわこ成蹊スポーツ大学の講演で示された地域とスポーツの姿は、これまでの地域移行の取り組みや考え方にとどまらない、多くの示唆に富んでいるものでした。今こそ、この3年間の実践・実証の状況をつぶさに捉えながら、大胆に見直し、明確なゴールとロードマップを示すべき時ではないでしょうか。

そうした見直しの際には、部活動の「教育的価値の継承・発展」という捉え方をやめにしませんか。部活に打ち込み、指導経験もある者の一人として、そう謳いたい気持ちは十分理解できますが、それは携わってきた者の郷愁とプライドを満足させるだけです。教育的価値の面で、部活動がいつでもどこでも成功してきたわけではありませんし、負の側面も多々指摘されてきました。部活動「なら」教育的価値を発揮「できる」というのも、一面的で独善的な考えでしかありません。今どき、教育的価値を無視した活動が評価・支持されるとも思いませんし、万が一そうした活動がはびこるようなら、それらが淘汰される仕組みを整えることにこそ力を注ぐべきです。

併せて、「部活動の地域移行」というタイトルづけもやめにしませんか。概念の整理や行政用語としては正しいとしても、言葉が一人歩きし、それぞれの立場で思い思いの解釈を招き、地域での混乱の元となっていることは否めません。その上で、目的を「持続可能で多様なスポーツ・文化活動環境を確保する」の一点に集約し、「地域クラブ化」を大原則としながら、学校施設を活動の場として利用したり、教員も含めたさまざまな人が活動の担い手・支え手になったり、活動の成果を披露するさまざまな場を設けたりするという、諸条件を整理しませんか。ゴールや方向性を明確にするだけで、内容は既に用意されているものと大して変わりません。細かな相違や困難な点があったとしても、それを克服する姿を子どもたちに見せることこそ、スポーツや文化に育まれてきた大人たちの責任です。

熊谷 哲 論考

  • 熊谷 哲 熊谷 哲 上席特別研究員
    1996年、慶應義塾大学総合政策学部卒業。岩手県大船渡市生まれ。
    1999年、京都府議会議員に初当選(3期)。マニフェスト大賞グランプリ、最優秀地域環境政策賞、等を受賞。また、政府の行政事業レビュー「公開プロセス」のコーディネーター(内閣府、外務省、厚生労働省、経済産業省、国土交通省、環境省など)を務める。
    2010年に内閣府に転じ、行政刷新会議事務局次長(行政改革担当審議官)、規制・制度改革事務局長、職員の声室長等を歴任。また、東日本大震災の直後には、被災地の出身ということもあり現地対策本部長付として2か月間現地赴任する。
    内閣府退職後、(株)PHP研究所を経て、2017年4月に笹川スポーツ財団に入職し、2018年4月研究主幹、2021年4月アドバイザリー・フェロー、2023年4月より現職。
    著書に、「よい議員、悪い議員の見分け方」(共著、2015)。